2007年8月25日土曜日

仮想世界と法

【1 仮想世界は無法地帯か?】

よくセカンドライフのような仮想世界は無法地帯であるなどということが言われます。しかし,これは厳密な意味では正しくないと思います。
仮想世界のキャラクターを動かしているのが現実世界の生きた人間であり,その人間に現実世界の法律が適用されている以上,仮想世界で生じた様々な紛争も結局は現実世界の人間同士の紛争に還元されます。要するに仮想世界といっても,単に現実の人間同士の,メールやチャットなどと同じような通信手段にすぎません。特徴といえば,メールなどと異なり,同時に(不特定)多数の人との関係が生じ得るということにあるだけでしょう。

では,仮想世界にも法があるはずなのに,一見して無法地帯のように思えるのはどういうわけでしょうか?

最近,セカンドライフ内のいろいろな法律問題を考えるにつれ,仮想世界の問題は,それに特有の新しい問題もありますが,もともとインターネットの世界で生じていた問題が形を変えて現れているものが多いのではないかという考えに行き当たりました。
仮想世界の法の施行を難しくしている要素もそのようなところにあると思います。

【2 匿名性とボーダーレス】

仮想世界の法の施行を難しくしているのには,インターネットの世界の次の2つの特徴が大きく影響していると思います。

 1 匿名性
 2 ボーダーレス(インターネットの世界には国境がない)

次のような事例を考えればわかりやすいでしょう。
セカンドライフ内で,日本人だけで構成しているリアルの素性の判っている人同士のグループがあったとします。このグループ内で争い事が生じて話し合いがつかず,それが法律的な紛争に発展したとしても,日本の裁判所に訴えて法的な解決を求めることができます。

ところが,どうでしょう。もし,相手のリアルの素性が判らなければ,仮に日本人と判っていたところで訴えようがありません。前に,Eros LLCの訴訟の記事で取り上げたように,リンデン・ラボからIPアドレスとタイムスタンプの情報の開示を受けて,さらにインターネットプロバイダーから登録情報の開示を受けて,PCを特定していくほかありません。その大変さについては,いうまでもないでしょう。これが「匿名性」の問題です。
なお,日本の裁判所は,その権力が及ばない国外の法人であるリンデン・ラボに情報開示を求めることはできないので,日本で訴えを起こすことは米国で訴えを起こすよりも困難かもしれません。

仮に,相手のリアルの素性が判ったとしても,外国人であった場合はどうでしょう。どこの国で裁判するかの問題があります。外国で裁判するとなれば,当該国の弁護士に依頼する必要があり,外国で信頼できる弁護士を捜すのが非常に困難な作業であることは言うまでもありません。仮に,日本の裁判所が訴えを受理してくれたとしても,相手の財産が相手国にしかない場合,結局強制執行をしようと思ったら,相手国の裁判手続を利用するほかありません。まあ,たいていの人は裁判を諦めることになるでしょう。これがボーダーレス(国境がない)の問題です。

これらの問題は,仮想世界だけの問題にとどまらず,インターネット世界全体の問題です。もちろん,匿名性の問題についてはプロバイダー法で発信者情報の開示が定められたように各国政府ともインターネット上の権利侵害に対する保護に関して立法上の配慮をしていますし,国際的な私人間の紛争についても,現在国際的な規範に乏しい裁判管轄や準拠法についてハーグ国際私法会議などで各国政府による条約化に向けての動きなどがありますが,インターネット世界の紛争解決のシステムとしてある程度有効なものが確立されるのは,かなり未来のことのようです(それがあるとすればということですが)。

【3 契約による秩序の形成】

現実世界の法が十分機能していないとして,仮想世界に法的な安定性のある社会システムを構築するにはどのようにすればよいのでしょうか?セカンドライフを例にとって考えます。

方法としては,「契約」(ここでは1対1のものだけでなく,集団的な合意も含めています。)による法秩序の形成しかないでしょう。「契約は守られなければならない(pacta sunt servanda)」はローマ法以来の法原則ですが,強制力のある法秩序の形成が困難である以上,合意による秩序を形成するしかないと思います。

住民間の合意による秩序形成

前に,セカンドライフの中でCDSという自治政府を作っているSIMについての記事を書きましたが,こうした動きが住民全体に広がっていき,大きな住民自治組織ができる可能性があります。そして,各住民自治組織の中で,住民の合意によって規範が形成されていくことが考えられます。日本人のグループにも一部そういうことをしているグループがあるようです。こうした規範に厳密な意味での強制力はないですが,規範から逸脱することは,最終的にはその集団から排除されることになるので,その意味での強制力はあるといえます。
問題は,こうした規範が形成されるとしても,当該集団の外の住人には,何らの影響力がないということです。また,同国人など共通の文化・風習を持った人たちのグループなら容易に合意形成も可能だと思いますが,異なった国の人が混在している地域(ほとんどのメインランド)では合意形成が困難なこともあるでしょう。

リンデン・ラボによる秩序形成

ユーザーはセカンドライフのサービスを受けるとき,リンデン・ラボとサービス提供契約を結びます。これによって,利用規約(TOS)及びコミュニティスタンダード(ビッグ シックスとして知られています。)を守る契約上の義務が生じ,これに違反すれば,契約に従って警告,アカウント停止,追放などの処分を受けることになります。これも契約の一種ですが,全ユーザーを対象にするものであり,契約に違反すれば最終的には契約が解除されますので,法秩序の形成としては最も有効と思われます。

迷惑行為は禁止されているのに,現実性のない高利を約束して金を集めることは禁止されていないなど矛盾に感じられる部分もありますが,現在でもリンデン・ラボによって最低限の法秩序は確立されています。例えば,ハラスメント被害を受けた場合,リンデン・ラボに当該違反者を報告して処分を受けさせることができるので,一応平和が保たれているといえます。

しかし,ここには問題もあります。リンデン・ラボとの契約は,ユーザーは選択の余地がなく,受け入れてセカンドライフをするか,受け入れずにセカンドライフをしないか,どちらかしかありません(附合契約といいます。)。これらの契約が現実世界の法律によって無効とされる余地もありますが(仲裁条項が非良心的とされて無効になった事例),そうでなければリンデンはいつでも自由に改変可能です。ギャンブル禁止のときも問題となりましたが,何の事前告知もなく,突然に新しい規制が行われるということがあります。この世界では,リンデン・ラボがいわば独裁者となっているといえます。

やはりコミュニティスタンダードのような住民相互の問題を規律するものの改変に関しては,ユーザー側にも発言権を持たせる必要があるのではないかと思います。リンデン・ラボが自主的にユーザーの意見を聞くことも期待したいのですが,ギャンブル禁止やGINKOでの対応ぶりからすれば,リンデン・ラボに啓蒙君主を期待することは無理のような気がします。それをするためには,やはり革命・・・というと過激ですが,ユーザーが集団化して,リンデン・ラボと交渉していくことが必要になってくると思います。まだまだ小さい動きですが,一部でそうした動きもあるように思います。住民1人1人が運営会社の株式を取得し,仮想世界の運営について発言力を高めていくという方法も考えられます(リンデン・ラボが株式を上場しないのはそれを避けるため?)。

ともかく,仮想世界が現実世界のように大きく発展していくとすると,いずれは仮想世界の運営について住民主権が確立される必要があると思います。そうしてできた規範は民主的なものとして正当性があり,運営会社による法施行の裏打ち(仮想世界からの追放処分による強制力)もあるので,安定した法秩序を築くことが可能となるでしょう。
まあ,どうしても仮想世界の中だけでは解決できない問題が残るはずで,現実世界の裁判に訴える必要がなくなるとは思いませんが,ある程度は仮想世界内の秩序維持システム又は紛争処理システムが機能する可能性があります。